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我ら、此処に在り

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1.

間欠泉から湧き出した異変から数日後。
地の底へ、そして山の上へと駆けまわされる事になった事件からようやく開放された博麗霊夢は、
一仕事をやり終えた後の倦怠感に身を任せ、すっかりいつものだらけきった生活に戻っていたのだった。

「あーあ。間欠泉のお陰で少しは参拝客が増えるかと企んでいたのだけれど……」

もそもそと炬燵に潜り直しながら愚痴を零す霊夢。
そんな彼女に、

「興味の対象ってもんはすぐに移り変わるからねぇ。私にだって萃めるのは難しいさ」

対面で蜜柑の皮を剥いていた伊吹萃香が顔を上げ、二本の角を小さく揺らしながら応じる。

「今や地底も人気の観光場所。冒険心の強い人間や妖怪達が我先にと地面の下に降りて行っていますわ」

萃香の隣、炬燵に深々と入りうつ伏せで寝転んでいた八雲紫は、どこか艶やかにも映る苦笑を霊夢に向けた。
その笑みに込められた様々な意味を読み取った紅白の巫女は、

「あーあ……。何か良い話が転がってないかしら?」

天板に顎を乗せ、そんな風にもう一度愚痴た。と、その時、

「どうやら丁度良いタイミングだったみたいね」

不意に障子が開かれ、冷え切った外気を連れた一陣の風が室内に吹き込んできた。

「良い話(・・・)、持ってきたわよ? 」
「あら。文じゃない」

いきなりの登場により、皆の注目を引いた射名丸文は、炬燵を囲む霊夢達を見渡し、

「うん。全員居るわね」

そう頷いて一歩室内に踏み込み、話を切り出そうとする。

「実は三人に話があって───」
「ちょっと、文」

文が話し始めたその刹那、霊夢が先に声を掛けてそれを遮った。

「はい? どうかした? 霊夢」

取材の時とは違って砕けた口調で問い返してきた文に、霊夢は眉間に皴を寄せて、外の方を指差す。

「話をするのは良いけれど、寒いから先に閉めなさいよ」

霊夢の言葉と指差しに背後を振り返った文は、未だ開けっ放しになっていた障子を見て、

「あやや。これは失礼」

そう言って照れ隠しとばかりにぽりぽりと頭を掻いた。いそいそとそれを閉じ、それからきょろきょろと室内を見回して身を起こしていた紫の反対側、炬燵の周りで唯一空いていたスペースに腰を下ろす。

「やっぱり冬は炬燵よねー。温かくて良い気持ち」

 両足を炬燵に突っ込み、蕩けた表情を浮かべた文に、

「それで一体何だい天狗。話ってのは」

先ほどの話の続きを促そうと萃香が声を掛けた。

「ああそうでしたそうでした。話と言うのは───」

萃香の言葉に両手をポンっと打った文は、そうして中断されていた話を再び語り始めたのだった。


「私達が地底に招待されたですって?」
「ええ。今朝私達の所に地底からの使者が来てね。
『この間の異変を解決した巫女と、その仲間達にお礼がしたい』という旨を伝えて来たのよ」

そう言った文は、何故か不快そうに腕を組み、小さな溜息を吐いた。
そんな文の態度から何かを察した紫は、

「そう───。突然の来訪、妖怪の山は一大事だったのではなくて?」

文に微笑みかけて意味深な質問を投げ掛ける。
まるで全てを見透かしたかのような質問に、思わず「うげっ」と唸ってしまった文だったが、

「何よ。何か裏があるのかしら?」

追求してきた霊夢の疑惑の台詞に右手を額に当てて、もう一つ溜息を漏らしながらも、しぶしぶと次の言葉を吐き出した。

「実はこの招待、地底に住む鬼達からのものなのよ」
「何だって?」

その内容に真っ先に反応した萃香だった。
身を乗り出してきた萃香を文は一瞥し、

「紫さんが察したように、使者は若い鬼だったのです。何でも使いを頼まれたのは良いけれど、
神社の場所が分からなくて、土地勘のあった山の方に来たとの事でした」

口調を正してさらに詳しい事情を説明する。
そして、一拍を置いた後、

「───なお今回の招待は、貴方と同列に在らせられ、先の異変の際に邂逅した、星熊勇儀様の発案だそうです」

 使者から伝え聞いた、この招待の発案者の名を口にした。

「勇儀が?」

思いも寄らぬところで告げられた懐かしき友の名に、我知らず目を細める萃香。

「勇儀って、地底の旧都に居た、あの一本角の鬼だっけ?」

一方で、突然出てきたまだ聞き慣れのしない名前に、自信無さげに問い掛ける霊夢。しかし、

「そうよ霊夢。彼女は萃香と同じ四天王の一人。遥か昔、
妖怪の山に君臨し、人間と競争関係にあった鬼達の中でも一際強い存在だった者よ」

すぐに届いた紫の丁寧な回答に、自分が出した疑問にも拘らず、ふーん、とだけ頷き、

「そんな偉い奴が、私達にお礼ねぇ……。何か良い物でもくれるのかしら?」

むしろそっちが大事とばかりに、再度首を傾げてそう言った。

「さあ? でも、鬼は誠実で気風の良い性格だし、
貴方の事は気に入ったようだったから、派手な持て成しをしてくれるんじゃない?」

そんな霊夢の問いに、至って適当に答えた文。だが、霊夢にはその回答で充分だったようで、

「そうなの!?じゃあすぐにでも行きましょう!」

すっかりその気になって、炬燵からがばっと勢いよく起き上がったのだった。
それから、紫の肩を掴んで無理やり立たせ、

「ほら紫、早く地底にスキマ繋げて繋げて!」

意気揚々と張り切った声を上げる。

「はいはい。少し待ちなさい───」

嗾けられた紫の方も、そんな霊夢の即物的な姿に内心でヤレヤレと呆れつつも、要求通りに自らの能力を地底へと繋げていった。


「あやや……。やる気にさせちゃったみたいね」

 せわしなく地底へと向かう準備を始めた二人の様子を見た文は、

「……それで、貴方はどうされますか? 伊吹様」

先ほどから何かを考え込むように静かになっていた萃香に声を掛けた。

「正直、私はあまり行きたくないのですが……」

そう言って苦笑いを作った文に対して、

「うん? あ、ああ。私は行くよ。久しぶりに皆に会いたいしね」

萃香はようやく呼び掛けられた事に気が付いたのか、少し慌てたようにして応じる。
どこか上の空な萃香の態度を訝しんだ文だったが、

「あっ。それよりさ」
「はい? 何でしょう」

逆に矢継ぎ早に問い返され、きょとんとした声で相槌を打った。

「伊吹様って何さ。今更改まっちゃって」
「いやぁ……。職業柄と言いますか、種族的にと言いますか……。話題が話題ですので、何となく」

萃香の指摘に愛想笑いで答えた文は、ゴホンッと咳払いを挟み、

「では萃香さん。私は用があったので来られなかったという事に───」

萃香に、自分がこの誘いを蹴ろうとしている事を伝えようと揉み手をしながら擦り寄っていった。
しかし───、

「ほう。私に嘘を吐けって言うの? はは、そりゃあ無理な相談だよっと!」
「きゃあっ!」

 その弁を一笑した萃香にガシッと腰を掴まれ、そのまま真上に抱えられてしまったのだった。

「ちょっ! 何するんですか萃香さん!」

 頭の上でバタバタと暴れる文を押さえ込み、

「こら。観念しなよー。鬼の杯を断ろうたあ、天狗も偉くなったもんだねぇ」

 カラカラと笑ってそんな言葉を放った萃香に、

「萃香。地底にスキマが繋がったわよ」

丁度スキマを繋げ終わった紫が声を掛ける。

「おお、流石だね紫。これですぐに旧都に行けるってね」

 彼女の能力に舌を巻いた萃香は、

「じゃあ早速旧都へ出発するわよ!」

 一人だけ完全に盛り上がっている霊夢の掛け声に、

「オー!」

 と元気良く答え、

「それーっ!」

霊夢、紫と足並みを揃えて、眼前に広がったスキマの内部へと飛び込んでいった。

「ぎゃああああぁぁぁッ! 私は行きたくないって言ってるのにーッ!」

そうして、誰も居なくなった部屋。
文の悲痛な喚き声だけが、ただ虚しく反響を繰り返していた。