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ある日の昼下がりのこと。
「おーい。早苗―」
守矢神社の離れを行き、早苗の部屋を目指して歩く神奈子は、
「あ、ちょっと神奈子っ」
「ん? 諏訪子?」
 廊下の奥に屈んでいる諏訪子を発見して、その不自然な様子に思わず首を捻る。
「諏訪子。早苗の部屋の前(そんなところ)で何をして───?」
「シーっ。静かにしてっ」
 そんな神奈子に人差し指を口元に立てて小声とジェスチャーで返した諏訪子は、
 それからちょいちょいと片手を振って近くに来るよう合図を送る。
 神奈子はそれを訝しく思いつつも、とりあえずその手招きに応じて、足音を殺して彼女の傍に近寄った。
 そうして、諏訪子の背後に回りこんだ神奈子は、
「あれ見て」
「……?」
 指差しに促されて、僅かに空いた扉から部屋の中を覗き見た。
その向こう側には、
「早苗……? 何か読んでるのか?」
 背の高い本棚の前に立ち、手元の本に視線を落とす早苗の横顔が垣間見えていた。
パラパラと自然にページを捲るその様子は、別段変わったそぶりも無く、
「……なあ諏訪子。何故───」
「待って! 早苗が出てくるッ!」
 覗きなんかしているんだ、と続けようとしたところを急に腕を引かれ、
 そのまま隣の空き室に諏訪子ともども押し込められてしまった。
「ちょっ、一体何なの!」
「いいから少し静かにしててッ!」
 抗議の言葉もピシャリと遮られて、
「訳が分からん……」
 と愚痴る神奈子。
 そんな不満げな彼女に見向きもせず、そろり廊下を確認した諏訪子は、
「……行ったかな? よし、出ていいよ神奈子」
 まるでスパイ映画か何かのように、先と同じく手で合図して神奈子を先導してみせた。
置いてけぼりの展開をやるせなく思い、あー……はいはい、と投げやりに返した神奈子は、
「それで、何で早苗の事覗いてたりしたのかね?」
 片手で頭を掻きながら少し憮然とした口調で問いかける。
 対して諏訪子はその質問に声を張って応え、
「あれを見て!」
 そう言って無人になった早苗の部屋の扉を開けた。
「コラ、勝手に───」
「入るわけじゃないよ。それより本棚を見てよ」
「本棚を……?」
 急かされるままに本棚の方に目を向けた神奈子は、
「料理の本……ファッション誌……ろ、ろぼ大全? 
とにかく向こうで普通に売られているような本しか見当たらないが……」
「違う違うその隣!」
 じれったさに声を荒げた諏訪子に指示され、彼女の言うあれ(・・)をようやく見定めた。
「あれは───」
「そ、アルバム」
 神奈子の言葉を先回りして答えた諏訪子は、それからゆっくり背後に向き直る。
「最近よく見てるみたいなの。───ねえ神奈子、どう思う?」
 これまでとは打って変わり、静かなトーンで言う諏訪子に、
「うーん……。でもねぇ……」
 神奈子は唸り声を上げて、腕を組み顎に手を当てながら考え込む。
 そして諏訪子の複雑な表情を一見した後、
「他に特に変わったところなんて無いと思うし……今更ホームシックってのも───」
 そんな結論を出しかけたところで、
「あっ。もしかすると……」
 ある事を思い出して口を噤んだ。
「そうそれ。それよ」
 僅かに産まれたその間に応じた諏訪子は、そうして何かを憂うように眉を顰めてぽつりと零した。
「……もうすぐ、早苗の誕生日だもんね」