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二人のコト。

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 人気の多い商店街。遠野家の使用人、琥珀は小さな紙切れをまじまじと眺めながら帰り道を歩いていた。
「───周年記念の大抽選会福引券ねぇ……」
 でかでかと印字された字面を呟いた彼女は、
「まあせっかくだし」
 少しの寄り道をしようと決めて踵を返した。
「すみません。これ」
程なくして抽選会場に到着。券を係員に手渡すと、
「六枚ですね。では三回チャレンジしてください」
 どうぞ、と示されたのはお馴染みの茶色い抽選機。
 まるで流れ作業のように粛々と進められた係員の対応に、
「あ、はい」
 琥珀の方もそれに促されるまま、何気なくハンドルに手を掛けた。

そうして、くるりと一回転。
 こん、と小さな音を立てて受け口に落ちていたのは───、

「あ」
「お、おおっ! おおお、おめでとうございます! 特賞・○○温泉ペア宿泊券大当たりでございますー!!」

 夕日を反射してきらりと輝く、金色の玉だった。


「───と、言うわけで当たっちゃったのですが……」
「はあ。それはまた」
「ついているわねぇ」
 あはは、と乾いた笑みを見せながら経緯を話した琥珀に、
 驚きよりも呆気に取られて気の無い言葉を返す遠野志貴とその妹秋葉。
 二人の素の表情に、琥珀も困ったようにぽりぽりと頬を掻いた。
「でも何と言うか、そこで最初の一発で当てちゃうのが琥珀さんっぽいよね」
「むっ。どういう意味ですか志貴さん」
「まあ……兄さんの言わんとしていることは分かるわね」
 志貴の軽口から一転して賑やかになった三人。そんな彼女らを傍らで見守っていた翡翠が、
「でも姉さん。その宿泊券、どうするの?」
 姉の手にある派手に装飾された封書を指して問う。
「っと。そうでした」
 妹からの指摘の言葉に、ぽんと手を打った琥珀は、
「こちらなのですが、秋葉さまと志貴さんにお贈りしようと思いまして」
 そう言って封書を眼前の二人に差し出した。
「え? 俺たちに?」
「はい。ぜひお受け取りください」
 思わず聞き返した志貴に笑顔で頷く琥珀。
「いや、でもそれは琥珀さんが当てた物だし───」
その清々しい返答に慌てて首を横に振った志貴に、しかし琥珀は、
「いえいえ。お屋敷のお買い物で貰った福引ですから」
 遠慮なさらずにー、と苦笑はしつつも、決して引かずにそれを手渡そうとする。
「琥珀」
 しかしそこに。
「その宿泊券は受け取れないわ」
「秋葉さま?」
 成り行きを制する、秋葉の鶴の一声がかかった。
「貴方が当たった物なのだから、貴方が好きに使いなさい。暇をあげるわ」
 長い黒髪をかきあげながら澄まし顔で言った秋葉に、今度は琥珀の方が目を丸くして、
「えっ? あ、良いんですか?」
「ええ。せっかくの機会だし羽を伸ばしてきなさい」
 呆けた表情で持ち上げた封書をじいっと見詰めた。次いで、ハッと何かを思い付いたように目を見開いて、
「それじゃあ志貴さん! 一緒に行きますか?」
志貴に向けて軽くウィンクしながらそんなことを言ってのけた。
すぐさま、
「え? お、俺と!?」
「ね、姉さん!」
「ちょッ!! 琥珀!!」
 三者三様の反応を見せた彼らに、
「冗談ですよ。冗談」
 琥珀は思惑通りとクスクス笑って、それから。
「翡翠ちゃん。一緒に行かない?」
 どこかホッとしたように安堵の息を漏らしていた妹に声をかけた。
 話を振られた翡翠は、
「あ、でもそれは……」
「外出は嫌?」
「そういうわけじゃない、けど……」
 姉からの申し出に歯切れの悪い返事を見せる。その視線はちらちらと志貴と
 秋葉に向けられていて、それに気付いた両人は、
「俺たちに遠慮しなくていいよ。翡翠」
「そうよ。貴方も一緒にリフレッシュしてくると良いわ」
 そんな風に言って彼女の背中を後押しする。
「いえ、しかし……」
 なおも煮え切らない翡翠の様子に、
「そんな……お姉ちゃんとお泊り嫌なのね……」
 よよよと大げさに泣き崩れる演技を見せる意地悪な姉。
「ち、違うよ姉さん!」
 焦ってトーンを変えた妹に、
「じゃあ一緒に行ってくれる?」
 琥珀は嘘泣きの涙粒を払いながら言う。
 いかにも白々しいその芝居に、翡翠もようやく折れて、
「……分かりました。申し訳ありません、秋葉さま。志貴さま。お暇を頂いてもよろしいでしょうか?」
 少しだけ眉を顰めたまま、二人に向けて頭を下げた。
その背後で勝ち誇ったように舌を出してピースをしてみせる琥珀の姿に、
志貴と秋葉は顔を見合わせてやれやれと肩を竦めたのだった。