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ChiguHagu

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 あるアイドル事務所の一室。
 スーツ姿の男性が、紙束を片手に窓の外を眺めていた。冬の空らしい澄み切った青に目を細め、物思いに耽っている様子だ。
「―――プロデューサー、いらっしゃいますか?」
「プロデューサー。はぁと到着だぞ☆」
 すると、そこへ室外からノック音と共に二つの女性の声が響く。
「おお、来たな二人とも。入ってくれ」
 その呼び掛けに反応した、プロデューサーと呼ばれた男性は、室外の声に返答しながら部屋中央のソファに腰掛ける。
「失礼します」
「はろー☆ プロデューサー! スウィートしてるー?」
「お疲れ様。千鶴、心さん」
 同時に、ドアの方に顔を向けて、入室してきた二人を出迎えた。
 プロデューサーに声を掛けられた二人、千鶴と呼ばれた少女は少し緊張した面持ちで、そして心と呼ばれた女性は何やらワクワクを抑えきれないと言うような表情で、それぞれに言葉を発する。
「……あの、プロデューサー、今日は何の用で―――」
「ねえプロデューサー。はぁと達の出番が来たのかしら? 絶対そうでしょ!」
 意図されず重なった二人の声に、プロデューサーは苦笑しつつ、
「まあまあ。今から話すからまずは席についてくれ」
 そう言って彼女らに着席を促したのだった
「あ、アイドルフェス!?」
 肌寒さが顕著になりつつある初冬の午後、アイドル事務所の一室で、今度は台詞の一言一句まで重なった二人の驚きの声に、
「そうだ。今度のフェスに、うちの事務所からは二人にユニットとして参加してもらおうと思っている」
 プロデューサーはニッと笑ってそう応えた。
「小規模なフェスだけど、参加する事務所は多いから、一組に当てられている時間はそんなに多くはないけれど、二曲ほど歌って間にMCを入れる感じの構成を考えている。開催は来月の頭。準備期間も含めると少しタイトなスケジュールかもしれないけど、二人のステップアップのチャンスだと思う。いけそうか?」
 テーブルに広げられた資料を読み上げながらテキパキと話を進めるプロデューサーに、
「おう勿論! はぁとはいつでも準備オーケーよ☆」
 高いテンションで即答した心の言葉を遮るように、
「ちょ、ちょっと待って!」
 ひと際大きい声で横やりを入れる千鶴。
「何か問題か千鶴?」
 怪訝な顔をしてみせたプロデューサーに、ばっと左手を突き出した千鶴は、
「い、いいですから、一つずつ確認させてください」
 空いた右手で資料を指さし、
「来月のアイドルフェスに」
 続いて自分を指さして、
「私と」
 さらに隣の心を指して、
「心さんとで」
 最後に自分と心を交互に指して、
「ユニットとして参加するってことですか?」
 太めの眉を顰めながらそう質問した。
「ああ、そうだが」
「いやいや。今そう言われたじゃんさ、千鶴ちゃん」
 平坦な口調で返答するプロデューサーに、何故聞き返した、という雰囲気で相槌を入れる心。そんな、まるで自分だけが取り残されたかのような状況に、
「この大人達は説明もなく……」
 思わず本音が漏れた千鶴は、ゴホン、と咳払いでそれを取り繕い、
「と、とにかく、フェス出演のチャンスを貰えたのは理解しました。でもどうして私達二人が選ばれて、しかもユニットで、なんですか?」
 改めてプロデューサーに説明を求めた。
「何だよー。千鶴ちゃんははぁとと組むのが嫌なのかよー」
 ワザとらしく作った不満げな表情で言う心に、
「そ。そういう事ではなく!」
「おっ。じゃあ良いって事? 良いって事? やーんはぁと愛されてるー☆」
「だあぁぁ! ちょっと黙っててください心さん!」
 話が進まないとばかりに目を吊り上げる千鶴。
 そんな彼女達の掛け合いを一頻り眺めていたプロデューサーは、くくっと小さく苦笑いを浮かべた後、
「俺は二人の事を、相性の良い二人だと思っているよ」
「相性がですか?」
「やったね☆ プロデューサーのお墨付きっ」
「だから黙ってて心さん!」
 端からではじゃれ合っているようにしか見えない二人に向き直って、
「以前のモデル仕事のおかげで距離が縮まったみたいだし、良いステージが作れると考えている」
 真剣な表情でそう告げた。
「どうだ? 受けてくれるかこの話」
 それから、再度資料を指して二人に問い掛けた。
「……」
 資料に目を遣り黙り込む千鶴に、
「ほーらっ。一緒に頑張ろうぜ千鶴ちゃん!」
「わっ! ちょ、ちょっとっ!」
 横から抱き着き、頬を摺り寄せる心。
 もはや彼女のじゃれ付きに抵抗を諦め、なすがままに頬を寄せられる千鶴は、はあ、と一つ長く息を吐き、
「まあ……。一緒に呼び出された時点で、ある程度覚悟は出来ていましたし……」
「何だ最初からやる気満々じゃーん。もう、相変わらず素直じゃないんだから☆」
「……ホント一言多い人ですね」
 思わず零れた呟きを茶化してきた心の顔を引き剥がしつつ、
「分かりました。この仕事、受けます」
「よく言ったぞ相棒☆」
「……ッ! だからそういうところが余計なんですって!」
 プロデューサーの問いに応えてみせた。
 期待していた返事が貰えたことに、満足げな笑みを見せたプロデューサーは、
「よし。じゃあフェスに向けてレッスンと打ち合わせのスケジュールから組んでいくか! 二人の今のところの予定は―――」
 慌ただしそうに席を立ち、部屋の奥のパソコンの元に向かった。その後ろ姿を視線で追いかけた二人は、
「ねえ千鶴ちゃん」
「なんですか心さん」
「一緒に頑張ろっか。よろしくね」
「―――はい。よろしくお願いします」
 いつしか視線を机に落とし、互いに声を掛け合ってフェスへの健闘を誓い合う。
 視線の先には、煌びやかなアイドル達の姿が描かれた一枚のチラシが置かれていた。