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路地裏
back眩いほどに光を溢れさせた後、消え行くと同時に何かが倒れる音がした。
肉が焦げたような臭いと共に、ぷすぷすと黒い煙を身体中から昇らせる男がひとり。
事件を起こし、風紀委員から逃れようと路地裏に入ったものの、近くに居合わせた美琴に電撃を投げられた、哀れな逃亡者である。
美琴が傍に近寄り、逃亡者が気を失っているかどうかを確認していると、すぐさま風紀委員の白井黒子が飛んできた。
そして、状況を見るや否や、いつもの調子で一般人である美琴の行動を咎め始める。
しかし、この押し問答も既に何度も行われていて、水掛け論になることもお互いよく分かっていた。
その中で、美琴はふと『あの馬鹿相手じゃあるまいし』と口走ってしまった。
その単語を聞いた途端、黒子の眉が吊り上がり、何か言いたそうにしたが、それはため息となって口から漏れていく。
「……何よ、その盛大な溜息は」
「別に、深い意味などありませんわ。ただ、最近のお姉さまはあの殿方のことばかりで、黒子のことをかまってくれないので、寂しく思っているだけですわ」
「な……ッ!」
黒子の言葉にカッと顔を赤くさせて、すぐに言い返そうとしたが、美琴は言葉に詰まってしまう。
身に覚えがある故に、真っ向から否定出来なかった。
美琴の様子に、黒子は寂しそうに微笑むと、倒れている逃亡者の腕を掴む。
「冗談ですのよ。あまり深く考えないで下さいまし。……それでは、お姉さま、わたくしはこれを運ばなくてはいけませんので」
まるで自分の言葉を取り消すように、彼女はテレポートの力を使って、逃亡者と共に消えてしまった。
薄暗い路地裏に、美琴ひとりが残される。
彼女は誰もいないこの場所で、仄かに顔を赤くさせながら、黒子の言葉を反芻していた。
『最近のお姉さまはあの殿方のことばかりで――』
「……そうよ。仕方ないじゃない、アイツのことが気になって仕方が無いんだから」
ぽつり、ぽつり。彼女の口から呟きが漏れていく。
普段なら絶対に口に出さない想いが、堰を切ったように溢れ出して来る。
「寝ても覚めてもアイツの事ばかり。でも、目の前にアイツがいたら、バカみたいにパニくっちゃって……」
無音の路地裏に、彼女のか細い声が浮かんでは消える。
ぎゅっと手を握り、想いの丈を無愛想な建物にぶつけていた。
「――気になる。ううん、そんなんじゃない。私は、アイツが、上条当麻のことが……、好きで好きで仕方が無いのよ!」
思わず、叫んでいた。
八つ当たり染みた叫びだ。
内に溜まった鬱憤を、溜まりに溜まった想いを、言いたくても言えなかった言葉を。
誰もいないこの場所で、叫んでみたかった。
あの男に届け、とは言わない。
ただ、想いが溢れて、どうしようもなくなっただけだ。
「……ふう」
顔の赤みが引いていく。
頭が冷えて、随分とこっ恥ずかしいことを叫んだか分かったが、気分は秋空のようにすっきりとしていた。
溜まっていたものをすべて吐き出すというのは、存外気持ちがいい。
どうせ、聞いているのは無機物ばかり、何も困ることは――――、
その瞬間、後ろからだん、と何かが落ちる音が美琴の耳に届いた。